The Religion News

[平成29年8月5・20日合併号]

清水寺で第102回「うらぼん法話」
森貫主「言霊のちから」語る

 

法話する森清範貫主=8月5日、京都市東山区の清水寺

京都市東山区の音羽山清水寺で八月一日から五日まで、恒例の「うらぼん法話」があり、五日は朝六時から森清範(せいはん)貫主が最終法話「言霊のちから」を語った。同寺はもと法相宗に属したが、昭和四十年に北法相宗大本山として独立。古くから庶民の観音信仰を集め、西国三十三所観音霊場の第十六番札所でもある。

京都の夏の風物詩でもある「うらぼん法話」は、清水寺中興開山と呼ばれる大西良慶貫主が大正四年に始め、今年で百二回目。大正三年に興福寺管長だった良慶和上は、明治の廃仏毀釈で衰亡した清水寺住職を兼ねると、寺の復興と観音信仰の布教のため大衆向けの法話を始めた。以後、戦時中も中断されず、昭和五十八年に百七歳で他界する前年まで六十七年間、語り続けた。
一日は歴史小説家の安部龍太郎氏が「信長を語る」、二日は服飾評論家の市田ひろみ氏が「我が心の旅」、三日は萬壽寺僧堂師家の佐々木道一師が「衆生本来仏なり」、四日は小児外科医の吉岡秀人氏が「私たちの中に折りたたまれる日本の心」と題し、それぞれ法話。五日、森貫主はユーモアを交えながら次のように語った。
「清水寺の観音信仰は『源氏物語』をはじめ『枕草子』『御伽草子』や謡曲、浄瑠璃、歌舞伎、古典落語にも出てくる。牛若丸と弁慶が刀の取り合いをしたのは京の五条大橋と思っている人が多いが、『義経記』では清水寺の舞台になっている。
地方に法話に行くと、修学旅行で清水寺に来たという人が多い。当時の特色は大舞台で、現在のは寛永十年(一六三三)に再興されたもの。三百八十年経つので、平成二十一年から約半世紀ぶりの大修理が始まり、現在、本堂の屋根の葺き替えに取り掛かって、三十二年に落慶の予定。
今年は酉年だが、酉には成熟の意味がある。「木鶏」は荘子にある言葉で、木彫りの鶏のように動じない最強の闘鶏のこと。昭和十四年に連勝が六十九で止まった横綱双葉山は、「未だ木鶏たりえず」と師の安岡正篤に打電し、一層精進したという。
言葉は言霊で、力がある。駅員の『出発よし!』の声には、列車が無事に走るようにとの祈りが込められている。幕末の薩摩藩士・税所篤之の妻・敦子は観音信仰が篤く、清水寺に絵馬を奉納している。厳しい夫の母が『鬼婆なりと人はいふらむ』という下の句を出したので、歌人の敦子が『仏にも似たる心と知らずして』と付けると、義母は優しく変わり、最期は敦子の膝の上で亡くなったという。
敗戦後、日本が国際社会に復帰したサンフランシスコ講和会議で、セイロン(今のスリランカ)のジャヤワルデネ代表は、釈迦の言葉を引用して『人は憎しみによっては憎しみを越えられない。ただ愛によってのみ憎しみを越えられる』と語った。各国代表は感銘し、日本の吉田茂は眼鏡を外し涙をぬぐったという。
言葉の魂を留めるのが文字で、漢字仮名交じりの日本語は使いやすい。中国三千年の歴史を凝縮したのが漢字で、・・・

檜皮葺きの屋根の葺き替えが行われている清水寺本堂

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第9回神儒仏合同講演会
心通わせ「今」を生き抜く
神田神社

 

国際宗教同志会創設70周年記念総会=6月22日、大阪市北区のホテル

 七月二十九日、東京都千代田区の神田神社(大鳥居信史宮司)で第九回神儒仏合同講演会が「心の通いあいをもとめて『今』を生き抜く」のテーマで開催され、約百四十人の参加者が講演者の話に熱心に聞き入っていた。
この講演会は、二〇〇八年六月八日に秋葉原で起きた無差別殺傷事件をきっかけに、神田神社、斯文会、中村元東方研究所の三法人により始まった。人と人との繋がりが失われ、若者たちが孤独に追いやられている現状を少しでも改善するために、協力して進めてきた。
初めに奈良康明・中村元研究所常務理事が挨拶し、次に小野善一郎湯島天満宮権禰宜が「日本を元気にする古事記のこころ」という題で次のように講演した。
「天地は初めからあり、だから初めも終わりもない。祭りがあれば、祓いもある。新嘗の祭りは一万五千年前から行われている。神道は垂直三元的世界観で、高天原から天照大神の孫、邇邇芸命が降りてきた。私たちにも天地の御霊があり、それから離れてしまったのが罪穢れ。もともと天地にないものだから、祓うことができ、清い御霊に戻ることができる。『心神』は自分の中に神様がいることを指す。『いのち』は滅びず、祭りは滅びないことを証明している。誰でも持っているのが『いのち』で、初めからある『いのち』のことを言語化し、物語として著したのが『古事記』である。私たちの離れたこころを祓って、最初からある『いのち』と一つになることが大切だ」
続いて谷川信一・日本女子大学名誉教授が儒学を代表して、「『今』求められているのは『知恵』と『覚悟』」という題で次のように講演した。
「孔子は今でこそ聖人と言われているが、不遇な人生を生きた。孔子の人柄や人生観などを、『論語』を通して読み取ることができ、大切な『今』を生き抜くための知恵がふんだんに盛り込まれている。『己を知る事なきを患えず、知らるべきことを為すを求む』という言葉は、評価が得られるためには持てる能力を十分に発揮して日々努力することを意味する。また『君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず』という言葉がある。KY『空気を読む』というのは一種の同調圧力で、それに対して孔子は、むしろ自己を保つことの重要さを説いた。他人と意見の違いがあるのは当然のことで、
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