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[2018年11月10日号 1面記事(2)]

光泉林開林90周年「一燈園秋の集い」

西田当番の米寿祝う/京都・山科

一燈園秋の集い


 一燈園恒例の秋の集いが十月二十日、「光泉林開林九十周年と西田多戈止当番の米寿を祝う会」として京都市山科区の一燈園(光泉林)で開催された。
 開会式の後、開林から現在までのドキュメントビデオ『一事実』が放映され、宗教学者の山折哲雄氏が「天香さんの一燈園」と題し記念講演した。
 山折氏は「一燈園高校のこの六十五年間の卒業生は三百五十人で、普通の高校なら一年間の数である。『燈影通信』には『これは決して自慢ではない、驚きである。…数年前は生徒数一人の年もあった。それに十名に及ぶ先生方が一対一で真面目に教える』と書かれている。それを平然と受け止め、学園を維持していることに驚嘆し、大きな宝が隠されているのではないかと思った」と始め、一燈園の教育と天香さんの思想について語った。(6面に続く)
 挨拶に移り、天香さんが聖徳太子を崇敬していたことから毎年、行願を行っている和宗総本山四天王寺の森田俊朗管長は「一燈園はまず行動から始めるのが特徴のように思う。九十年前からトイレ掃除を第一にしてきたのは、尊敬に値する。私の小学校時代、トイレ掃除は罰としてやらされていたので、四天王寺に入って一燈園に出会い、驚いた。四天王寺での最初の行願は東京五輪の年で、十一月二十四日で五十五回目になる」と述べた。
 門川大作京都市長は「山科に一燈園があるのは京都の誇りで、金光教の教師だった私の父は天香さんを深く尊敬し、一緒に一燈園を訪ねた感動を覚えている。帰りに父が、『人間の貴さは掃除をしている姿を見ればわかる』と話していた。二十数年前、掃除に学ぶ会で鍵山秀三郎がトイレを掃除する姿を見て、父の話を思い出した。当時二十数人だったのが今は子供を含め二百人ほどになっている。燈影学園では天香さんの教えに基づく少人数の人間教育を地道に続けている。今の世相の中ではっと我に立ち返らせてくれるのが一燈園ではないか。大津市との協力で六十七年ぶりにびわ湖疏水船の運航が再開され、一燈園の近くを通るので、これを機に一燈園のことが広く知られるといい」と挨拶した。
 西田当番は「一燈園の歴史は百十四年で、天香さんに心酔した近江の実業家から山科の土地を提供され、光泉林を開いて九十年になる。実業家から、ここで経済の扱い方、教育のあり方を実証してほしいと依頼された。天香さんは財を預かると道を誤るのではないかとためらっていたが、彼は同人の下駄の歯入れを、夫人は風呂焚きをする清浄さに感じ、預かることを決心した。天香さんは平和を説くのではなく、暮らしで平和を実証した。経済を扱うため建設や印刷、劇団などの宣光社を創り、学校法人に燈影学園にいずみ幼稚園を開園し、天香さんの祈りを中心に歴史を刻んできた。天香さんの没後、資料館の香倉院と宮崎県にテーマパーク・サンメッセ日南が開設され、宮崎では諸宗教の協力による地球感謝の鐘を中心に、地球に許される生き方を広めている。天香さんの祈りを基に活動している会社もダスキンはじめ数社ある。一燈園が消えないのは、毎年一度、原点である路頭に帰っているからである」と一燈園の生活と感謝の言葉を述べた。
 その後、日本書紀歌謡「旋律の泉を訪ねる」の奉納があり、会場を燈影学園体育館に移し、西田多戈止当番米寿の祝賀会が開かれた。


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