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[2019年4月10日号 1面記事(2)]

岡山の春を彩る宗忠神社「御神幸」/岡山市

被災者慰霊、被災地復興の祈り

御神幸


  市内各所の桜が満開になった「2019岡山さくらカーニバル」最終日の4月7日、岡山市北区上中野(通称・大元)にある宗忠神社の「御神幸(ごしんこう)」が、同市中心部で古式ゆかしく行われた。午前8時、平安貴族風の装束をまとった約800人の一行が宗忠神社を出発し、御旅所のある後楽園までの往復約12キロを練り歩いた(写真)
 行列は全部で5陣。第一陣は鼓笛隊の後に五色幟がひるがえり、緑の大榊が担がれる。第二陣は、御神幸委員長が人力車に乗り、山車に乗った楽人たちが吉備楽の優美な音を奏で、宮司らがたゆみなく大祓言葉を唱え続ける後に、御祭神の宗忠大神を遷した神輿の御鳳輦(ごほうれん)と、大正時代の馬車に乗った斎主の黒住宗道教主と副斎主の黒住宗芳令嗣、そして鉾や弓などの御神宝が続く。第三陣は、元気のいい子どもみこしに御弓箱、太刀箱などが続いていた。
 表町商店街のアーケード街から、就実高校バトン部と県立岡山東商業高校ブラスバンド部が先頭に付き、華やかににぎやかにパレードを盛り上げ、沿道の市民らから盛んな拍手を浴びていた。
 今回の御神幸には昨年、岡山県を襲った西日本豪雨による犠牲者の慰霊と被災地の復興祈願も込められている。御神幸は東日本大震災が起きた平成25年にも3週間後の4月3日に行われた。黒住宗道教主は「これは歌舞音曲ではなく祈りですから。68年前には戦後復興への祈りとして再興しました」と語っていた。
 御旅所になっている後楽園では、鶴鳴館前で黒住宗道教主が世界平和を願って祝詞を奏上。花見客や外国人観光客らが、行列や儀式に興味深そうに見入っていた。
 行列は午後1時過ぎに後楽園の御旅所を出発し、岡山駅を経て、午後3時に宗忠神社に還りついた。
 御神幸の始まりは、宗忠神社が鎮座した翌明治19年に、御祭神が在世中に奉仕していた今村宮(池田藩の守護神社)への鎮座報告にあわせて、神恩に感謝し、世界の平和と万民和楽を祈って御鳳輦の渡御を行ったこと。その後、行列の市中巡幸を熱望する市民の声が高まり、明治24年から名園・後楽園を御旅所とする岡山のみ祭りとなった。今年で133回目。
 黒住教は、今村宮の神官だった黒住宗忠が江戸時代の文化11年(1814)に開いた教派神道。流行り病で父母を亡くした宗忠が、文化11年の冬至の出を拝む中、天照大神と一体になる体験をしたのが黒住教の始まり。以後、宗忠は病気治しや日々の心がけを説く宗教活動を始めた。
 文久2年に京都の神楽岡に創建された宗忠神社は慶応元年(1865)、孝明天皇により勅願所となる。明治政府が神社の国家管理を進める中、黒住教は宗教としての伝統を守ろうと明治9年、神道黒住派として独立した。


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