西郷隆盛の史跡めぐりで鹿児島を訪れたところ、鹿児島県歴史資料センター黎明館で「かごしまの仏たち〜守り伝える祈りの造形(かたち)〜」展が開かれていた。明治初期の廃仏毀釈が最も激しかったのが鹿児島県。多くの仏像・仏具が廃棄されたが、近年の調査により、地域で守られてきた仏像が予想以上に多かったことが明らかになった。それを基にした、初めての本格的な仏像展だという。滋賀県長浜市では戦国時代に住民たちが観音像を戦火から守った話が有名だが、鹿児島にも同じ歴史があったのである▼知覧特攻平和会館を訪ねると、隣に郷土史のミュージアムがあり、「知覧のかくれ念仏」が展示されていた。薩摩藩では慶長二年(一五九七)に、一向一揆を怖れる藩主島津義弘により、真宗禁止令が出された。以後、三百年にわたって浄土真宗の門徒は迫害され続け、幕末の天保六年(一八三五)には門徒十四万人以上と二千幅の本尊が摘発されている。鹿児島に信教自由の令が布達されたのは明治九年で、それまで門徒らは山の洞窟や船の上で法座を開いていたという▼その一つ、鹿児島市花尾町にある花尾念仏洞を訪ねると、今年一月に行った長崎にある隠れキリシタンの祈りの岩に似ていた。信徒らが無言でオラショを唱えていたという枯松神社の近くで、見た目は神道の磐座と同じ。歴史の裏には涙が隠されている。