聖武天皇祭の朝、笠置山に登ったのは三年前、加茂町に住む先輩と恭仁京跡と海住山寺を歩いた時、今度は笠置山へと誘われたから。後醍醐天皇が幕府を倒そうと立て籠もった山で、天皇親政を象徴する土地として、幕末や戦前、人気が高まったくらいは知っていた▼昔の山ガールの先輩は、小学生のハイキングで行ったことがあるが、かなり昔なので、今はどうなのかは知らないという。調べると、笠置山は古代からの山岳信仰の霊場で、平安時代には弥勒信仰のメッカとして栄えていた▼仏教のメシア思想とも言える弥勒信仰が国づくりに結びついたのは新羅で、「花郎(ファラン)」と呼ばれた組織で若者たちが軍事と教養の訓練を受けた。それまで新羅は弱小国で、倭国に都を支配されたりしたが、にわかに強国となり、やがて朝鮮半島を統一する。それまで親百済だった日本は、聖徳太子の時代から親新羅に外交方針を変え、多くの新羅僧が渡来し、東大寺の教学を盛んにした。その弥勒信仰が山岳信仰と習合したのが笠置寺である▼JR笠置駅に着いたのは朝の六時半。笠置寺の山門が開く九時まで時間があるので、木津川沿いに柳生に出て、裏側から登ることにした。渓流沿いに歩くと、白い山アジサイや紫の山フジが目を楽しませてくれる。笠置山には巨岩が様々な姿を見せ、神が寄り付くという古代の磐座信仰を実感した。そんな歴史が聖武天皇の時代に東大寺の大仏として結実したのである。