金両基さん(キム・ヤンキ)が四月二日、静岡市で肺炎のため亡くなった。享年八十四で、その少し前、朝鮮通信使の再現行列について電話で話したのが最後になった。金さんは東京生まれの在日二世で、早稲田大学文学部を卒業した比較文化の研究者。八七年に静岡県立大学教授に就任した時には、在日韓国人初の国公立大教授として話題になった▼定年後、静岡に定住した金さんは日韓交流の市民活動に取り組むようになる。清水区にある清見寺には江戸時代、朝鮮通信使が六回訪れ、二回宿泊していた。豊臣秀吉の朝鮮出兵で断交していた朝鮮王朝との国交回復を願う徳川家康が駿府城にいたからだ。江戸からの帰途、駿府に立ち寄った通信使一行を家康は歓待し、駿河湾に船を浮かべ、富士山を見せている。日韓共催サッカーワールドカップの二〇〇二年、静岡まつりで通信使行列が再現された▼金さんは自分のことを「マージナルマン」(境界人)と称していた。韓国と日本に属しながら、いずれにも完全には属さない、独立した自由人であることを自負していた▼通信使の初来日から四百年の〇七年、清見寺境内で国書交換や韓国舞踊などのイベントが繰り広げられた。実行委員長として挨拶した金さんは「この感動と喜びを、日本と韓国にとどまらず世界に発信してみませんか。二十一世紀の静岡発国際化にしませんか。それは家康の平和外交に応える道でもあります」と語った。ご冥福をお祈りします。