人生100年時代に向け宗教は?

政府は九月十一日、「人生100年時代構想会議」(議長・安倍首相)の初会合を首相官邸で開いた。安倍首相は「すべての人に開かれた大学教育の機会確保」を課題に挙げ、「(返済不要の)給付型奨学金や授業料の減免措置などの拡充強化を議論したい」と語った。

会議では、人材論の世界的な権威であるリンダ・グラットン英ロンドンビジネススクール教授が長寿社会の生き方として、従来の「教育」「仕事」「引退」という三つのステージを順番に経験する発想から脱し、働きながら学び、視野と人脈を広げ、社会参加に生きがいを見いだしていくよう人生設計を変えるべきだと述べた。

ライフ・シフト

世界中でベストセラーとなった『ワーク・シフト』の著者であるグラットン教授は、近著『ライフ・シフト』で、「二〇〇七年に先進国で生まれた子供たちの半数は百歳以上まで、日本の子供たちに至っては百七歳まで生きることになる」と述べている。長寿社会の大きな懸念は、漠然と未来を迎える人は、たとえ先進国に生まれても、グローバル化の影響で貧困層に陥ってしまうことだという。

そうならないためには、第一に新しい分野に挑戦するなどして、広い視野を持つ複数のスペシャリストになり、自身の価値を高め、選択肢を広げること。第二に、他者とのネットワークを作り、共同作業を通じてイノベーションを生んでいくこと。インターネット環境は、生身の人間との接点が減ることから、やすらぎを感じるような人間関係も大切で、それを教授は「自己再生のコミュニティー」と呼んでいる。第三は、人生を「所得と消費」の面からのみとらえるのではなく、情熱や満足感を得られる行為に変化させていくこと。高齢者の多くが孤立に陥りやすい問題から、様々な形での社会参加を、可能な限り続けることが望まれよう。

グラットン教授が強調しているのは、こうした人生のシフトは高齢になってからは難しく、三十〜四十代から取り組むべきだということ。それを可能にするには、職場での働き方改革が必要になる。ワーク・アンド・ライフバランスを進め、働きながら学べる環境を整備する。そうした人生設計をするよう、公教育でも教えることが大事になる。

宗教にはどういう役割が求められるだろうか。鹿児島県で小学校長を長く務めた田之上誠文氏は、不登校などの問題を抱えていた学年が、日本看取り士会の柴田久美子会長の話を聞き、劇的に変わった事例から、「生と死は教育の両輪で、命の大切さと共に人は死ぬことを教えないといけない」と述べている。死を忌み嫌い、遠ざけてきた戦後社会から脱却し、古来からの看取り文化を回復すべきだという。これは、臨床宗教師の必要性とも共通している

。  さらには、個人化が進み、親族間での交流も少なくなった社会に、安らぎの人間関係を築ける場を提供することも一つの役割だろう。そのためには、宗教・宗派にこだわらず、広く生と死の問題を語り合う、人間教育の場の提供が求められよう。多死社会に必要な終活を学び合うことを、そのきっかけにしてもよい。

地域での暮らしで感じるのは、歴史ある祭りの効用である。子供から老人までがそれぞれの役割を持って参加し、感動的な盛り上がりを体験する。働き続けなければいけなかった時代には、それが貴重なハレの時間であったが、今では貴重な交流と癒やしの時間になっている。 早期の取り組みを  宗教も時代的要請に応じて変化してきたのは当然で、健康長寿社会へのライフ・シフトに合わせたサービスの提供が求められている。問題は、宗教者がどれほど切実にそう感じているかだろう。長寿時代にはやるのはぽっくり寺ばかりというのでは情けない。

観光やお布施で収入に不安のない社寺から、消滅の危機に瀕している社寺まで、その状況はまだら模様だが、早く取り組まなければ、対応がそれだけ難しくなるのはどこも同じである。今ある資源を見直し、少しでも社会をよくするために何が貢献できるか、真剣な対応を期待したい。